Red roseとは セミナー アンケート Bar SAWA

Red rose設立への想い

 
私は元宝塚歌劇団出身の沢かをり(本名:新谷茂子)と申します。
宝塚ではトップ娘役として活動し、退団してからは演劇にて芸術選賞も頂きました。

今から28年前に中目黒でBar Sawaを開店しました。
以来「イエローゴールドの光を見ると中目黒へ帰ってきたと思い、ホッとする。」
というお声も頂き、ずっとこのBarを経営してきました。

ある時、16年間働いていたバーテンダーがやめました。
その時、店がサロンになっている事に気がつきました。
「温かいお店であってもこれはbarではない。」と思い、
一念発起してウィスキーのツアーに参加しましたが、
この時頭をガーンとなぐられた気がしました。
なぜならそれは、ウィスキーのことがさっぱり分からないからです。
そこで私はウィスキーの勉強を始めました。
私は15歳で宝塚音楽学校に入ってからというものの、
ピアノ・歌・バレー・三味線のレッスンにあけくれており、
勉強という勉強はほとんどしていなかったので、このウィスキーの勉強は非常に大変でした。
一日16時間くらい勉強したのではないでしょうか。その努力のせいか、
58歳でスコッチ文化研究所の試験に合格し、59歳でプロフェッショナルの資格を最高齢でとりました。

ウィスキーに関心を持ち、勉強をしているうちに、ウィスキーの製造に興味を持ちました。
毎年節約してウィスキーツアーに参加するようにもなりました。
すると、そこで出会うことの出来た素晴らしいマスターディスティラーがいました。

クラガンモアの若い造り手は、私達がいくとキッチリ15mmでティスティンググラスに入れていきます。
15mmというのは、非常に少ない量になります。

これが何故だか分かりますか?

自分が魂をこめてつくったウィスキー残してもらいたくないのです。
だから、一度に沢山のウィスキーを入れるのではなく、少しずつ入れるのです。

アイルランドのキルべガンにいったとき、そこにいた
真赤な赤鼻のトナカイさんのようなマスターは言っていました。

「あなた方が来る3ヶ月前にやっと水が流れました。ここは第二次世界大戦後、豚の養豚場でした。
 僕はやっとウィスキーが造れる」と涙を溜め、語っていました。

これを見て、私は造り手に心を惹かれました。
そして去年、ある人からウィスキーのセミナーをやってくれないか。
という依頼を受け、全6回のうち一回目は私がやらせて頂きましたが、
その他は去年セミナーに参加してくださった方々に御願いしました。

これがことの他好評で、造り手の喜びも悲しみも苦しみも楽しさも
二時間の間に宝石のようにアートな話がならび、本当に感動しました。

是非この話を皆さんにも拝聴して頂きたいと思い、このRed Roseを立ち上げました。

単に「製品を売るためのセミナー」ではなく、「造り手からの発信」「現場からの声」を
皆様に聞いて頂きたく手造りでこのセミナーを開催しております。

皆様是非ともご参加ください。普段では絶対に聞けない蒸留所の立ち上げの話や、
乳酸菌の発行の摩訶不思議さ、他、樽の中に一滴バットなウィスキーを入れると、
全く違う素晴らしい味になるとか、普段聞けない、
聞くことのできないアートで専門的なお話を聞くことが出来ます。

去年、6回参加した人は自分でウィスキーを造り始めました。
はてさて、今年はどういう風になっていくのでしょうか。

今年は5回開催しますが、是非5回とも続けて聴講されることをお勧めします。
日本のトップクラスの層々たる面々が講演されます。

「一杯でもウィスキーをおいしく飲んでいただきたい」
そんな想いでこのウィスキーセミナーを開催しています。

日本でこういう風に造り手に光をあてたセミナーはありません。

Red Roseを通して、日本の宝の方々を皆様と共に学び、勉強させて頂ければ幸いです。


新谷 茂子