第一次世界大戦後、敗戦国ドイツ艦隊74隻がスキャパ湾に抑留された。1918年、ロイター提督は、全艦に自沈命令を出し、「軍縮は自らの手で行う」と宣言して自沈。第二次世界大戦中ドイツの潜水艦「Uボート」が月の明かりをたよりにオークニー諸島からイングランド領に入り、戦艦(チャーチルバリア建設のため、約1700人のイタリア人がかり出されたロイヤルオーク号)を撃沈させてドイツに凱旋帰国する。時の首相チャーチルは怒り心頭で、イタリア人1万7千人の捕虜を使って、海にチャーチルバリアを作った。今では舗装されて、上が通れるようになっている。近くにはイタリアンチャペル。捕虜たちの心の宿木だったんだろう・・・。鮮やかな色のチャペルが余計に悲しく見えた。
第二次世界大戦の時(10月14日未明)は、ドイツのUボートがスキャパ湾に、戦艦(ロイヤルオーク号)を魚雷でやっつけ、逃げのびた事を時の首相ウィストン・チャーチルが怒り、二度とUボートが通れないように、チャーチルバリアを作った。